山歩きを再開して三年、毎年少しずつ標高の高い山に登ることを目標にしてきた。今年は2000mを超えて山小屋泊の経験をしようと計画を立てた。10月中旬の週末、雲取山荘に一泊の予約が取れ、計画を実行することになった。
20代、30代の頃会社の先輩に連れられテントを背負って山歩きをした経験はあったが山小屋泊は初めての経験だ。雲取山山頂からは名峰富士を仰ぎ、山頂から北側へ20分下ると雲取山荘に着く。雲取山は東京都の最高峰であり、天気の良い夜には立川方面の街明かりが見える人気の山小屋と聞く。標高1834mにある山小屋だが、沢から水が引かれ洗面所では冷たい水が蛇口から豊富に得られる。これも東京都水道の水源の水か…。
山歩きはほとんどソロで行く。今回もひとりだったので、雲取山荘では相部屋をあてがわれた。相部屋はソロの登山者ばかり。皆こたつに足を突っ込み、自然と山の話が始まる。ひとり部屋の隅にいてもつまらないので自分も会話に加わった。お互いに名前など名乗らずせいぜい出身地を話すくらいだが、経験談や明日のルート相談など会話が弾みとても楽しい。夕食も相部屋グループは同じテーブルに座り、山の話が続く。デミグラスソースのかかったハンバーグをほおばっていると、登山を始めてまだ間もないという青年(30歳前後?)が、皆に質問した。
「今までに登った山で、一番良かったのはどこでした?」
「うーん、そうですね。利尻山かな。」と自分は答えた。「海抜0mから山頂の1721mまで登れたこと、またそこで知り合えた人とは今も年賀状のやり取りで繋がることが出来ているからですかね。」と付け加えた…。
1994年の8月、夏休みを利用してザックを背負い一人利尻島へ向かった。利尻島へのアクセスは当時稚内空港からの空路と、稚内港からフェリーで渡る航路が選べた。渡航前日はずうずうしくも当時の上司のご実家へ一晩お世話になった。ご両親からジンギスカン鍋と新鮮ないイカ刺しをご馳走になり、温かいおもてなしとビールの酔いで満ち足りた一晩だった。
翌日7時30分に稚内港を出船、稚内は晴れて海上の波は静かだったが利尻は薄曇りだった。登山ルートは鴛泊から登り沓形に下山する一泊二日のコースを計画した。途中甘露泉で2リットルの水をポリタンクに補給。甘露泉は環境省ホームページによると、名水百選のなかで日本最北端にある名水とのこと。この先は明日の下山まで水場がない。のども潤してポリタンクをザックに押し込んだ。1日目は8合目にある利尻岳避難小屋まで登り一泊の計画だ(現在は緊急時以外の宿泊利用はできない)。避難小屋には自分以外に二人の登山者が泊まっていた。そのうちのひとり京都から来られた方と意気投合、ウイスキーを飲みながら語り合い21時過ぎに寝袋に入った。この方は南極観測隊に参加した経験があり、利尻山を登頂した後はオショロコマ釣りをする予定とのこと。
写真-1 甘露泉水
翌朝は快晴、登山路の急傾斜を越えて登頂。山頂には山頂神社という祠が祭られている。360度見渡せる大パノラマ、南側にはローソク岩が異様なほどの存在感だ。下山は沓形へ下りる中級者コース、1721mから一気に海岸まで下る。前日の疲労と、20kgを超える重量のザックが次第に足を重くし、前に出なくなっていく。
写真-2 利尻山山頂(筆者撮影)
写真-3 ローソク岩(筆者撮影)
ついに利尻山避難小屋でダウン、大休止を余儀なくされた。ここまで一緒に歩いてきた京都の方は先に下山され、自分はザックを下ろし横になった。50分後なんとか出発したが、足が進まず、のども渇く。「水が飲みたい!」。しかし1泊2日の行程で2リットルの水では、あまりに少なすぎたようだ。ポリタンクはほとんど空になっていた。
登山中に必要となる水分量は簡易的に、
[水分(ml)=体重(kg)×行動時間(hr)×5]
で計算できる(参考:雑誌「山と渓谷」2026年3月号)。当時の体重は60kg前後だったので、二日目の行程だけでも2700ミリリットルが必要となる計算で全く足りていない。2日間の行程だと最低でも4.5リットルを持っていかなければいけなかったのだ。
残り標高差1100mを6時間近く下るのに昨夜の残りのウイスキー以外に水分はなく、草原の中をさまようように歩いた。標高が下がるにつれて、日本北端の地であっても日差しは厳しく気温も上昇していく。避難小屋から1時間半歩き見返台駐車場に着いた。トイレも水道もない。おお、水栓の排水受けのような桝に水が溜まっている!けれども覗き込むと虫が浮いていて到底飲めるようなものではなかった。「水が飲みたい」、「水、水、水!」。これしか頭に浮かばなかった。
そして利尻山山頂から約10km、標高差1700mをのろのろふらふらと下り、14時20分に沓形公園キャンプ場へなんとか辿り着いた。「Give me water!!」(メモにこの一文が残っている)。やっと水分を摂って、まさに生き返った心地だった。
「一番良かった山」と問われ「利尻山」と答えたのが、実は「一番印象深い山」で、それは人生で一番水に飢えた山行だったからで、若者にそれは伝えなかった。自分の技術不足、準備不足、体力不足が恥ずかしかったからかもしれない。もう一つ、“水を語る会”的には残念だったのが、下山して最初に飲んだのは水道水…ではなかったこと。自動販売機を見つけて缶ジュースを買って飲んだ、というのが本当のところである。今は日帰り登山であっても余るほどの水を水筒に持参している。


