2023年から幹事として参加させていただきました。水道産業新聞社の西田です。私は岐阜県の出身なので、岐阜の水にまつわる話をしたいと思います。
岐阜県は山と森ばかりの北半分「飛騨」地域と、山と森の中に若干の平地がある南半分の「美濃」地域に分かれています。とにかく山と森の多い土地なので森に涵養された水源水質の良さに定評があり、古くから飛山濃水(飛騨の山と美濃の水)が名物とされ、長良川や養老の滝をはじめ名水百選にも選ばれる美しい水源に恵まれています。
私の生まれた可児市を含む美濃地域の北端、飛騨との境界部に郡上市という町があります。中心地の郡上八幡は観光地としても知られ、名水百選のひとつである湧水泉「宗祇水」を中心に町中のありとあらゆるところに湧水や川から引き込んだ用水路が走っている水路の町です。この水路は江戸時代に城下町の防火水路として張り巡らされたものが今でも残っていて、観光客が無秩序に餌を与えるためものすごい量の鯉が繁殖しているほか、住民は水道の普及した現代においても上流のきれいな用水路を生活用水の一部としても利用しています。
当地の特徴的な水利用のひとつに「水舟」があります。湧水を受ける舟状の桶を多段式に配置したもので、上段の舟から溢れた水を下段の舟で受ける仕組みです。
写真:2段タイプの水船。最上段に水を飲むための湯飲みが置いてあります
最上段、一番最初に湧水を受ける部分は飲用、二段目は食べ物を洗ったり冷やしたりするのに使い、三段目は使い終わった食器の洗浄などに使います。最下段から先には魚を飼っていて、食器洗いで出た食べカスなどは魚の餌になります。必要とされる水質に応じて水を使い分け、排水をより要求水質の低い用途に効率的に再利用する、現代に言うカスケード式水利用を伝統的に行っているわけです。
私はこういうその時代なりの合理性が読み取れるような「洗練されたローテク」を見るのが好きです。水にまつわるものでは、たとえば江戸に築かれた玉川上水では取水口にあえて不安定にした丸太を積み上げておいて、川の氾濫時には支えを取り払って川に大量の丸太を落とすことで一瞬で流れをせき止め江戸への濁水流入を防げるようにした「投渡堰」というシステムがありました。江戸城下に玉川上水を引き込んだ木樋水道は、要所要所に枡をもうけて水を溜め、濁質を沈殿させたり自然流下のための水位差を確保していたそうです。現役の技術ですが、バイオフィルムによる膜処理とも言える緩速ろ過式の浄水場や、血で水を洗う水争いの抑止のために生み出された円筒分水、堤防の各所に洪水時の水の待避所を設ける霞提なんかも機能美にあふれていて唸らされます。
郡上八幡の水利用システムは江戸時代のはじめごろに成立し、以降400年ちかくこの姿を保ってきました。簡単な掃除だけで日常の維持管理が可能で、手作業による修繕もできるシステムなので100年先、人口が極端に減ったとしても続いていくシステムだと思います。100年後の水道を考えた時、DXがこのまま進んでいけば何から何まで全部自動で最適にやってくれるものすごくハイテクな水道が出来上がるかもしれません。一方で、人口減少が極致を迎えた時、維持管理を担う人員が完全にいなくなってしまうような時、技術継承が万が一失伝したとしてもマニュアルなしで直感的に管理ができる「洗練されたローテク」な水道も必要とされるのではないかと感じました。